埴谷島尾記念文学資料館
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〒979-2124
南相馬市小高区本町2-89-1
浮舟文化会館内
電話 0244-44-3049


 
・島尾敏雄年譜
ことがら
西暦
世界の動き
父四郎、母トシの長男として横浜で出生。1917ロシア革命
家族全員が小高で療養していた敏雄を迎えに来ていたため、震災の難を逃れる。1923関東大震災
神戸尋常小学校に転校する。
1929
 
兵庫県立第一神戸商業学校に入学
1930
 
長崎港等商業学校に入学。
1936
 
「おキイの貞操とマコ」を発表するが、発禁処分を受け長崎警察署の特高室で取り調べられた。
1938
 
長崎高商を卒業する。「科学知識」の懸賞小説で「お紀枝」が佳作当選。「こおろ」(のちに「こをろ」)を創刊する。
1939
第二次世界大戦開戦
九州帝国大学法文学部経済学科に入学。
1940
 
経済学科を退学。同学部文科に再入学し、東洋史を専攻する。
1941
日米開戦
大学をくりあげ卒業し、海軍予備学生を志願。一般兵科に採用。旅順海軍予備学生教育部に入る。『幼年記』70部を自費出版する。
1943
学徒出陣
第18震洋隊の隊長に任命され、奄美の加計呂麻島呑之浦基地に赴任する。大平ミホを知る。
1944
 
出撃命令が下されるも、待機のまま終戦を迎える。
1945
日本降伏
大平ミホと結婚。
1946
 
「近代文学」第2次同人に参加。長男伸三誕生。
1948
 
「出孤島記」で第1回戦後文学賞受賞。長女マヤ誕生。
1950
朝鮮戦争勃発
鹿児島県立大島高校、大島実業高校定時制の非常勤講師となる。名瀬市(現奄美市)の聖心教会でカトリック洗礼を受ける。
1956
ハンガリー戦争
鹿児島県立図書館奄美分館が開設され、初代館長に就任。
1958
 
『死の棘』刊行。
1960
日米新安保条約
『死の棘』で昭和35年度第11回芸術選奨(文芸部門)を受賞。
1961
 
『出発は遂に訪れず』刊行。
1964
東京五輪
『日のちぢまり』刊行。
1965
ベトナム北爆
秋から冬にかけてソヴェト、東欧を旅行。
1967
 
『硝子障子のシルエット』を刊行。第26回毎日出版文化賞を受賞。
1972
 
『夢のかげを求めて』刊行
1975
ベトナム戦争終結
『鬼剥げ』刊行。
1976
ロッキード事件
『日の移ろい』で谷崎潤一郎賞を受賞。
1977
 
『死の棘』で読売文学賞、日本文学大賞を受賞。
1978
日中平和友好条約締結
日本芸術院賞を受賞。同会員となる。
1981
 
「湾内の入り江」で川端康成賞を受賞。
1983
 
『夢屑』『魚雷艇学生』を刊行。『魚雷艇学生』で野間文芸賞を受賞。
1985
 
出血性脳梗塞のため逝去。69歳。
1986
チェルノブイリ原発事故