その58 奥相三十三所観音巡り(令和元年9月1日)

更新日:2019年08月03日

馬、男の子、ヒガンバナ、コスモス、仏像、御朱印帳などが並ぶ帯状の画像
林の中に小さなお堂がある

1番 新沼(にいぬま)観音堂(相馬市新沼)

石碑の並ぶ寺の境内の中にあるお堂

23番 清水(きよみず)観音堂(浪江町小野田)

相双地方には、奥相(おうそう)三十三所(さんじゅうさんしょ)観音(かんのん)()(相馬三十三所観音)巡り(参り)という、相馬市から双葉町までの間の33か所の観音堂を巡って参拝する風習があります。

これは幾世(きよ)(はし)御殿(ごてん)(浪江町)に隠居した相馬(まさ)(たね)(中村藩5代藩主)が江戸時代中頃の正徳年間(1711~1716)に西国三十三所観音札所にならい、領内の著名な33か所の観音菩薩を選んで霊場に定めたことから始まったとされています。また、ここで詠まれる御詠歌(ごえいか)(和歌や和賛にふしをつけたもの)は、正徳5年(1715)に昌胤が招へいした歌人打它光軌(うったみつのり)が作ったとされています。

この観音巡拝は、村やお寺で組織した団体(講)や個人で巡る人もいて、さまざまな人たちが、家内安全・病気平癒などの願いを込めて祈りました。かつては、白装束で御詠歌をうたい、木製か紙製のお札をお堂の壁や掲示板に貼ってきました。こうして、観音巡りは相双地方の人々の心の拠り所として信仰され、親しまれてきました。

しかし、近年では少子高齢化など社会の変化や震災・原発事故による急激な人口減少もあって、巡拝者が減少しています。特に双葉郡の一部では、原発事故による立入り規制のため、現在も参拝やお堂の維持管理が十分できない状態が続いています。

博物館の企画展「奥相三十三所観音巡り」(9月14日~11月10日)では、奥相三十三所観音札所設立の目的と歴史的背景、その魅力を紹介します。

あなたも相双地方の町や林の中にひっそりとたたずむ観音堂を気軽に巡り、相双地方の信仰文化を体感してみませんか。

(二本松)

崖に沿って立つお堂の中に観音様が祭られている

27番 岩屋(いわや)観音堂(南相馬市小高区泉沢)

木立の中にある古いお堂

33番 安倉(やすくら)観音堂(南相馬市鹿島区山下)

馬、男の子、うちわ、おみこし、金魚などが並ぶ帯状の画像

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