縁もゆかりもない土地で「起業家」に 手で触れて心と通じる癒しの仕事

アロママッサージを行う水谷さん

縁もゆかりもない土地で「起業家」に 手で触れて心と通じる癒しの仕事

 

水谷祐子さん(43)

みずたに・ゆうこ

 

2019年2月〜 南相馬市小高区在住

 

神奈川県横浜市生まれ

(22歳):東京都の企業に就職→(30歳):1人暮らしを始める→(41歳):南相馬市へ

 

アロマセラピスト

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2021年秋にオープンしたばかりの、ふんわりとやさしい香りが漂う「aroma salon SUMIRE」で穏やかに話す水谷祐子さん。起業型地域おこし協力隊に応募し、単身で南相馬市に移住してから2年あまりが経ちました。アロマセラピストとして地域の人々とのかかわりを深め、居心地のいいサロンをオープンするまでに。アロマセラピストになるまでの道のりや、南相馬市での暮らしと起業について聞きました。

移住のきっかけを語る水谷さん

事務職から専業のアロマセラピストへ 心の声を聞いた進路変更

Q1. 移住する前はどんな働き方、暮らし方をしていたんですか?

A.

南相馬に来る前は、本業では派遣社員として経営部門にいて、毎日数字とにらめっこしていました。来年度の予算をどうやって組むか、上司と相談しながらパズルのように組み立てたりして。アロマの仕事は副業だったんです。

そのころは、毎日カリカリイライラしていたんですよ。残業もけっこう多かったので、愚痴も多かった。ずっと眉間に皺を寄せて、話しかけづらい雰囲気だったでしょうね。

平日は派遣社員を続けていたけれど、アロマで独立するのか、それとも辞めるのかと悩んでいました。アロマセラピストを辞める方向へ傾きかけたタイミングと、東京の景色に少し飽きてきた気持ちがちょうど同時期くらいに来て、地方に暮らすことに興味が出てきました。

 

それで、地方で暮らすことについて書いてある雑誌やウェブを見るようになって、NCL((注意))の「起業家100人募集」の広告を見かけたんです。いろんな地域の募集が掲載されていたなかで、南相馬のコーナーに「移動販売プロジェクト」を見つけて、「これ、私がやりたいな」と。

ちなみに、南相馬に来てからは、まち自体がおっとりした雰囲気だし、カリカリしていたらアロマの仕事にならないですから(笑)。イライラすることが減りましたし、気持ちに余裕ができました。

 

(注意)NCL…Next Commons Labの略。全国で起業型地域おこし協力隊を活用したプロジェクトを推進する団体。

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Q2. 「南相馬」で「起業」。どうやって移住を決意しましたか?

A.

実は、条件面を見ていただけで、南相馬市がどういう土地なのかわかっていなかったんです。

どうして、移動販売にピンときたかというと、当時は訪問でアロマセラピーの施術をしていて、続けるんだったら訪問専門でやりたいと思ってたんです。広くいえば「移動販売」に当たるし、地方にも行けるし、と自分にぴったりな条件な気がしました。

独立するには営業力がないし、お金の不安もあるし……と心配なことをあげて無理だと思っていたんですが、NCLの制度ならサポートもあるし、もしかしたら私にもできるんじゃない?と、応募してみることにしたんです。

 

南相馬市について調べたのはそれからで(笑)。そうしたら、思っていたよりも高齢化率が高くて、高齢者向けのアロマセラピーを考えていたので、理想的なフィールドだと思いました。

しかも、広い地域に人が点在しているから、訪問のニーズは高そうだと。環境は揃っているから、あとは自分自身が暮らしていくのにどうか、ということが問題でした。

NCLの説明会を聞きにいった後に、2、3回南相馬市に足を運びました。行政の人も含めて地元の人、NCLの先輩と話をしてみたら気が合って。空気感とか環境も気に入って、「ここなら絶対大丈夫」と根拠のない自信が湧いたんです。

 

でも、やらない理由もいくらでもありました。NCLは起業型地域おこし協力隊のため、3年で独立して起業することが前提です。もしかしたら3年ももたないで帰ってくる可能性もある、そもそも起業って私に向いているのだろうかとか、不安はつきまといました。

ただ、この好条件を逃したら、一生チャンスはこない。年齢も40になる年で、「これは行くっきゃない」と思って。2019年の2月に移住し、起業型地域おこし協力隊として着任しました。

水谷さんの商売道具 アロマの小瓶
リラックスできる雰囲気のaroma salon SUMIRE施術室

心に溜まったものが溶け出す アロマの効果を実感

Q3. 南相馬市に来て2年半、仕事について教えてください。

A.

移住して1年間、ボランティアであちこちの介護施設に行ってみたんです。そうしたら、元気に見えるお年寄りたちにも、震災時の苦労が心の傷として残っていると感じました。

「震災大変でしたね」とは、私からはひと言も言ってないんです。それでも、マッサージをしていると当時の話が口からぽろぽろと溢れてくる。それだけ心の中に詰まってるんだなと思って、少しでも吐き出せる場所があった方がいいのかな、それがもしかしたら私の役目かもなと思うようになりました。そこにコロナ禍が重なって、まずは訪問事業じゃなくて、サロンをつくろうと方向転換しました。

 

今、サロンにいらっしゃるお客さまで多いのは、30代40代の働き盛りの女性、子育て中の女性です。働き盛りの世代は、心の傷を負っていても頑張ることが当たり前になっているんですよね。自分の傷を顧みないで、体がボロボロになってしまっていることもあって。今は、高齢者に限らずいろんな世代の人のケアをしていきたいと考えています。

日々の暮らしについて話す水谷さん

「お客さま=ご近所さん」は地方ならでは 起業を支える小さなコミュティ

Q4. 水谷さん自身は、ゆったりした暮らしができていますか?

A.

疲れたときは、海に行くことが多いです。北泉や烏崎の砂浜で、波がザブザブしてる様子や、広い海や空を見ているだけで心がスーッとします。一定のリズムを刻む波の音には癒されますね。

東京にいるときも、どうしようもなくストレスが溜まったときは、湘南の海、行けないときは河原に行ったりして。水辺があると安心するみたい。

 

でも、今は家の前に広がる田んぼと山、そこに沈む夕日もお気に入りです。その景色を見ながら深呼吸するだけでも心が落ち着きます。

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Q5. これから南相馬市でやりたいこと、夢などはありますか?

A.

そうですね、当初描いていたのは、訪問でお宅を回って施術をして、そこで耳にした困りごとをまちの人に繋げる、そんなネットワークづくりの一端を担うことでした。その想い自体は今も変わらずあって、少しずつでもできたら嬉しいです。人のお話を聞く機会が多いので、ただ流すのではなくて、何かつなげられたらいいなあと思ってます。

 

あとは、南相馬に来てからアロマセラピストの仕事の意味が深まった気がしていて。お客さまからかけられる言葉から、ただ単に身体が楽になるとか疲れがとれるとかそういうことではないんだな、と。気持ちを鼓舞する、生きる希望をもたらすことまでもできるんだと気づいて、ここでやる意味を感じて、店をつくろうって思ったんです。だから、目の前の目標は、この場所を維持していくことですね。

 

不安もたくさんありますが、自分のすべてをアンテナにして、目の前のお客さまが今どんな気持ちでいるのかを考えて、手なり言葉なりでお客さまに返していけば、きっと大丈夫だと信じて、続けていこうと思うんです。

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Q6. 南相馬市で起業を考えている人がいたら、どんな言葉をかけますか?

A.

場所代などの維持費や生活費を考えたら、東京でサロンを開くのは私には無理でした。ここでは東京でワンルームを借りる値段で、住居兼サロンに十分な物件に出合えます。余計にかかるお金といえば、車関係くらいでしょうか。

 

心持ちとしても、東京よりも女性1人での起業は、しやすいんじゃないかと思います。ただ、知り合いがいないうちは大変かも。

でも、知り合いができてくればとてもやりやすいはず。今、私はまさにそういう感じで、私のことを知っている人をつたって、お客さまが来てくださいます。仲良くなった方があちこちで宣伝してくれるのはありがたいですね。

 

「顔を知っていたり、話したことがあったりする人の店だと安心」とも言われますね。だから、町内会に参加するとか、ご近所付き合いを厭わないことは大事かもしれません。そういうコミュニケーションを面倒くさがる人は向いていないかもしれない。私は、周りに気にかけてもらってありがたいなと思います。

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【ある日のスケジュール】

6:00     起床・朝食・家事

9:00     サロン開店の準備

10:00   お客さまを迎える

13:00   特注アロマの納品など外の仕事

17:00   帰宅、アロマオイルの調合や事務仕事

20:00   夕食

0:00     就寝

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水谷さんの癒しスポット 家の前に広がる田んぼ

どんな土地かもわからなかった南相馬市に、アロマセラピストの技術だけを持って身ひとつでやってきた水谷さん。知り合いが1人もいない状態から2年あまり経って、今ではすっかりこの地になじんで暮らしている様子が伝わってきました。日々の生活の間近にある自然に自身も癒されながら、地域の人たちの心を少しずつ溶かしてくれています。ちょっと疲れたら、水谷さんのサロン​​「aroma salon SUMIRE」に駆け込めばいい。そう思うだけで、心がふっと軽くなります。

テキスト:小野民/写真:鈴木宇宙

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更新日:2022年01月27日