一度離れたから抱く想い 「本当の南相馬を伝えていきたい」
一度離れたから抱く想い 「本当の南相馬を伝えていきたい」
小川 有哉 さん(31)
おがわ・ゆうや
2015年〜 南相馬市鹿島区在住
南相馬市鹿島区生まれ
(18歳):大学進学のため宮城県仙台市へ移住。→(22歳):全国展開のアパレル企業に就職。宮城県配属から異動になり愛知県へ移住。→(24歳):転職と同時に南相馬市へUターン。
セデッテかしま 副店長
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「南相馬は何もない」そう思って高校卒業後地元を離れた小川さん。
大学1年生の春休み、帰省したその日に東日本大震災が起こりました。大学卒業後は興味のあったアパレル企業に就職し、南相馬からは離れた生活を送っていたそうです。そんな小川さんはテレビで報道される震災後の地元をふと目にした時、現実と報道の乖離に憤りを感じ、南相馬に戻ることを決意しました。
一度離れて帰郷した心境の変化と、現在の仕事を通じて抱く南相馬への想いを伺いました。
経験を生かして、地元に貢献したいと帰郷を決意
Q1. 進学、就職で一時は地元を離れて、Uターンしようと思った理由を聞かせてください。
A.
私は高校卒業後、大学進学のために南相馬市を離れたんです。大学1年生の春、実家に帰省したその日に東日本大震災を経験しました。原発事故の影響で、一時避難を余儀なくされましたが、無事仙台の大学を卒業することができました。当時アパレルに興味があったため全国規模のアパレル企業に就職し、転勤で愛知県の店舗で接客業をしていました。ゆくゆくはその業界でのキャリアアップも考えていました。
そんな時、仕事から帰り、南相馬の震災後について報道されているテレビ番組をふと目にしたんです。そこでは南相馬の震災後の被害がまだ悲惨な状態として報道されていて。「本当はもう地元は復興に向けて動き始めているのに」と、現実と報道の乖離に憤りのようなものを感じました。それを感じた時に、「本当の南相馬を伝えたい」「地元に帰って自分にも何かできないか」と南相馬に戻るために転職することを決意しました。
Q2.南相馬を離れる時と、帰郷してからは地元の印象は変わりましたか?
A.
高校生の時は、「南相馬は何もないまち」と思っていました。都会への憧れもありましたし、このまちも過疎化が進んでいる他の田舎町と同じようにどんどん衰退していくのだろうと、自分の将来を描けずにいました。そのため、進学で地元を離れた時には、「いずれ戻ろう」という気持ちも正直なかったですね。
しかし、震災があって、他の地域からは「かわいそう」としか思われていない地域のイメージを、何とか払拭できないかと反骨心みたいな気持ちが生まれました。
帰郷を決めた時は、震災から4年が経った頃で、まだまだ復興半ばではありましたが、海沿いや被害を受けた地域も大分整理されてきていました。ちょうどその頃、避難が解除された小高区でも店舗、食堂のオープンや新しい会社ができたりと、今までにない挑戦が始まっていて。高校生の時にはどんどん衰退していくまちだと思っていたのが、逆に盛り上がってきているのではないかと地元に対する見方ががらりと変わりました。
一味違うサービスエリアに惹かれて就職。地元企業とともに南相馬の魅力を発信していきたい
Q3.「セデッテかしま」で働こうと思ったのはなぜですか?
A.
震災後も私の家族は南相馬市で暮らしていました。両親はやはり私に帰ってきてほしいと思っていることは感じていましたし、南相馬市の求人情報がよく送られてきていたんです。
そんな両親から2015年4月に常磐自動車道のサービスエリアとして鹿島区内にセデッテかしまがオープンすると連絡がきました。同時に、スタッフを募集していると知らされて。それを聞き、「ここで働けば、南相馬の良さや本当の今を伝えていくことができるのではないか」と感じて転職することを決めたんです。
今までアパレル企業で培った接客も生かせると思いましたし、セデッテかしまは他のサービスエリアとは一味違うので、単純に面白そうだと感じました。
一般的なサービスエリアはNEXCOが管轄している場合が多く、旅行や移動の間で一時的に利用されるところだと思います。しかし、セデッテかしまは地元企業の「株式会社野馬追の里」が南相馬市から指定管理を受けて運営しています。そのため、地元のものを扱ってPRしていこうというコンセプトが強いんです。単発利用だけではなく、買い物や食事のために地元の方やリピーターの方が多く利用してくださるよう設計されているところにも惹かれましたね。
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Q4. 具体的な仕事内容とやりがいを教えてください。
A.
今は副店長という立場で施設の管理運営全般を行っています。基本的にはデスクワークが多いですが、お盆やGWにはすごくたくさんのお客様が訪れてくださるので、その時は接客や皿洗いなんかもしています。スタッフ全員が市内または近隣の方で、ここでの仕事にやりがいを持って働いています。スタッフがより良く働ける環境を考えてサポートしています。
また、セデッテかしまに置いている商品は全て委託販売ですので、地元の企業や生産者の方ともやり取りをしています。地元の出品者の方からも「ここは商品の動きが良い」というお声をいただいているんですよ。売上に繋がったり、新商品の提案をしてくれるなど、地元にも還元できているのは運営側としてとてもやりがいを感じますね。
お客様に関しては、「ここを訪れると南相馬市の名産物や企業に出合える」というところを強みにしていますので、訪れる人に楽しんでもらえたり、喜んでいただけるのが嬉しいです。その中でも、松月堂さんの「まいたけおこわ」や原町製パンの「よつわりパン」はやはり人気ですね。
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Q5. 仕事を通じて挑戦したいことはありますか?
A.
セデッテかしまは年間100万人以上の方に利用いただいています。しかし、高速道路利用者の方にとってここは通過点でしかないので、いかに南相馬市に興味を持って、まちに訪れてもらえるかが大きな課題だと思っています。
ここしばらくは、新型コロナウイルス感染症の影響でイベント等も制限されていました。これからはより地元企業や地域の方々と協力をしてイベントなどをどんどん打ち出していき、南相馬のモノやコトをPRしていきたいですね。
一度離れるのも悪くない。あたたかいこのまちで家族とともに
Q6. 現在は、結婚して子どもがいる生活を送っているそうですね。南相馬市での子育てはどうですか?
A.
南相馬市に戻ってから結婚をして、今1歳の子どもと実家の敷地内に家を建てて暮らしています。休日は子どもと公園に行って遊ぶのが楽しいですね。
南相馬市は子育て支援に力を入れているのを感じています。震災後、屋内の遊び場もどんどん増えてきていますし、0歳から保育料無償化は大変ありがたく、私たち夫婦も共働きできています。
2018年には福島ロボットテストフィールドもでき、最新のロボット技術が近くにあるので、子どもの将来の選択肢が増えたり刺激を受けられる環境になると良いなと期待しています。
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Q7. 南相馬で育っていく子どもたちや、移住を検討されている方に伝えたいことはありますか?
A.
高校生で大学進学や就職を考えた時に、地元での仕事を視野に入れるのはもちろん、一度外に出るのも一つの選択肢としていいことだと思っています。外に出て自分のやりたいことを突き詰めていって、それがもし地元と繋がりが持てる仕事であればなお嬉しいです。今は場所にとらわれずに何でもできる時代だと思うので。
そして、南相馬市は気候的にも地域の人柄的にもあたたかい地域だと感じています。子育て支援や子どもの遊び場も充実してきているので、家族で移住を検討するのもいいのではないでしょうか。
南相馬のわたしのお気に入り
鹿島区宝蔵寺のライトアップ
紅葉の時期に合わせて鹿島区にある宝蔵寺がライトアップされるのですが、紅葉とライトアップの融合がすごくきれいで毎年訪れています。冬には珍しい寒桜を見ることもできるんです。この時期は、宝蔵寺だけではなく「かしまプロムナード」といって、周辺の神社や万葉の里風力発電所ライトアップなども合わせて見られるので、散歩しながら巡るのもおすすめです。
高校生の時、将来への展望を描けずに一度は地元を離れて就職することを選んだ小川さん。南相馬は決して震災で「失った」だけではない。震災を乗り越えて歩んできた人たちの思いやまちの魅力、特産品などが小川さんやセデッテかしまを通して“本当の南相馬”として伝わってきました。これからも、南相馬を発信する場所の一つとしてどのような取り組みがされるのか楽しみです。
テキスト:髙橋慶香/写真:鈴木宇宙
更新日:2022年11月18日