東京での仕事を辞めて、南相馬に嫁ターン 妻の地元で新しく育む、仕事環境とコミュニティ

仕事場での小波津さん

東京での仕事を辞めて、南相馬に嫁ターン 新天地で育む、仕事環境とコミュニティ

小波津 龍平   さん(35)

こはつ・りょうへい

2021年1月〜 南相馬市小高区在住

沖縄県西原町生まれ

(18歳):進学で山梨県へ。教員を目指し、文学部初等教育学科に入学 → (23歳):埼玉県草加市でフリーターとして暮らす→(26歳):日本大学芸術学部の映画学科に入学→(30歳):CM制作会社に就職→(32歳):南相馬市に移住

合同会社クムト ディレクター

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原町区にあるデザイン事務所・合同会社クムト(以下、クムト)で働く小波津龍平さんは、妻の地元に移住する「嫁ターン」で南相馬市にやってきました。最初は知り合いが妻だけだったといいますが、暮らし始めて丸2年が経ち、週末には友人に会いに出かけることも増えたそうです。家族との暮らしを大切に考える小波津さんに、移住前後の仕事の変遷や南相馬での人との関わりについて聞きました。

移住のきっかけについて話す小波津さん

仕事を辞めて、地元に帰るパートナーについていく

Q1. 移住する前はどんな仕事をしていたんですか?

A.
東京でテレビCMをつくる広告会社で働いていました。

中学生の頃の夢は小学校の先生だったんです。でも、教員免許取得に向けて勉強していると「このまま先生になっていいのだろうか、やりたいことは他にあるんじゃないんだろうか」と思うようになって。先生を目指したのは、周りのすすめも大きかったことに気づき、大学卒業後に先生にはなりませんでした。
 

フリーターをしながら、自分が好きなことってなんだろうと、突き詰めて考えてたどり着いたのが「映画」。ただ、具体的に映画のどの部分に関わりたいとかはなかったです。仕事をするために、とりあえず勉強しなきゃと思って、人生2度目の大学受験に踏み切りました。受かった後のことは、受かった後に考えようという感じでしたね(笑)。

入学したのは、日本大学芸術学部の映画学科の理論コース。たくさん映画を見て、論文を書くような授業が多く、映画製作はしなかったです。それなのに、卒業後は映像をつくる仕事に就いたんですよ(笑)。きっかけは、就活が難航したこと。新卒として就活していたけれど、当時すでに30歳、なかなか厳しい状況が続いていました。そんな時に、授業の講師としてきていたCM制作会社の社長が「何かあったら連絡してよ」と名刺をくれたんです。そのご縁が面接につながって無事就職が決まり、映像の道に進むことになりました。
 

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Q2.南相馬市へ移住した経緯を教えてください。

A.
妻の地元だったからです。
 

妻は、2度目の大学で出会った同級生。彼女も大学卒業後は東京で広告系の仕事をしていましたが、地元に戻り仕事をしたい気持ちがあったんです。震災を機に、映像で地元に貢献したいという想いをもっていました。

地元での就職活動の末、彼女は就職が決まり、地元に戻ることに。その時に「ついてきてくれると嬉しい」と言ってもらったんです。当時の僕はというと、激務が続いていて、仕事から離れたい気持ちが募っていました。それに、彼女と離れて東京で働くイメージは全くわかなくて。なので、「無職にはなってしまうけど、彼女と一緒にいられるならきっとなんとかなる」と仕事を辞めて、南相馬にきました。

辞めたかったはずなのに、縁あって再びクリエイティブ職に

Q3. クムトに就職するまでには、どんな経緯がありましたか?

A.
南相馬に来たばかりの頃は、無職なだけでなく、やりたいことも特にありませんでした。妻の実家が米農家で、家業を手伝いながら生きていくのもありだろうという気持ちでいたんです。でも、家族からは「家のことは気にしなくていいから、やりたいことを探してみなよ」と声をかけてもらっていました。
 

最初は妻以外に知り合いもいなかったので、妻の職場「小高パイオニアヴィレッジ(以下、パイオニアヴィレッジ)」に行ってみたり、歓迎会に同席させてもらったりして、人と出会うことをしていました。その時に、ここ(クムト)の代表・樋口と出会ったんです。
 

当時、樋口はデザインの仕事を個人でやっていたのですが、仕事も増えて法人化を考えているところでした。僕がCM制作の仕事に携わっていたことを話すと、一緒にやらないかと誘ってくれて。会社の立ち上げに関わることや触れたことのないグラフィックの分野に少し不安もあったのですが、これもご縁だと思い、一緒にやると決めて今に至ります。

動画編集を行う小波津さん
デザイナーの樋口さんと仕事に取組む小波津さん

Q4.南相馬での働き方はどうですか?
 

A.
クムトでは、チラシ制作やパッケージデザインなど、デザイン業務全般を行っています。僕はディレクターとして、顧客への提案やプロジェクトの進行管理などを担当。樋口が制作したデザイン案をもって打ち合わせに行き、要望を聞きながら制作を進めるのが主な役割です。
 

面白いことに、一つ仕事をすると「こういうのできないかな」と、新しい仕事の相談をされることがあるんですよ。例えば、チラシをつくった会社から「展示会で流す動画制作を頼めないか」といった感じで。そういう時は、会社として前例がなくてもすぐに断ることはせず、自分たちでやってみたり、場合によってはできる人を募ったりしながら、要望に応えられるよう挑戦します。
 

動画制作の相談をされた時に、クムトは動画に特化した会社ではないけれど、他に頼めるところがないから、お客さんは頼ってくれたのかもしれないと思ったんです。会社として動画制作の経験はありませんでしたが、他にやる人がいないのなら、僕たちがやろうと。撮影を主に樋口が、絵コンテ制作や編集など含めた全体のディレクションを僕が担当するかたちで取り組みました。ドローンの撮影にも初挑戦して、それ以来、ドローンでの撮影は僕が担当するようになりました。

 

動画の話は一例ですが、餅は餅屋という言葉があるように、もしかすると東京だったら、動画は動画制作専門の会社に頼まれていたかもしれません。そう思うと、南相馬にきたからこそ挑戦している仕事があると感じますね。その業務を専門としている人たちに劣らないクオリティのコンテンツ制作ができるよう、これからも腕を磨いていきたいです。
 

クムトで受ける仕事のほとんどは地元企業からの依頼で、顔の見える距離感での仕事が多いです。お客さんの顔が思い浮かぶから、具体的なアイデアを膨らませられるし、誰のための仕事なのか見失うこともありません。「ありがとう」と直接言ってもらえることもあり、とても嬉しいです。

ドローンを操縦する小波津さん

「家族第一」のライフスタイルで暮らしたい

Q5. 南相馬にきて、暮らしに変化はありますか?


A.
お祭りやイベントに、よく足を運ぶようになりました。

もともとインドア派で、ゲームをしたり、Netflixを観たり、休日は家で過ごすことが多かったんです。南相馬に来てからは、同じような過ごし方もするんですが、近所でやってるイベントに行く機会が増えましたね。イベントを知り合いが企画していたり、そもそもイベントの数が少ないから「行ってみようかな」という気持ちになります。

最近だと、双葉町で開催された「ダルマ市」に行きました。約300年続いている新春の伝統行事なのですが、震災後、初めての地元開催にたくさんの人が訪れていて、盛り上がっていましたよ。
 

東京でも、何万人と人が集まる市町村の祭りはありましたが、関心がなくてほとんど行かなかったんです。興味の向きが変わったわけではないですが、地域の活動に面白さを見出せるようになったように思います。伝統あるお祭りも、地元の人だけでやるのではなく、「みんなで一緒に盛り上げていこう」みたいな空気を感じられるから、よそからきた僕でも混ざりやすいのかもしれません。

インタビューにこたえる小波津さん

Q6. これからの目標を教えてください。
 

A.
仕事では、クムトの会社としての土台づくりを頑張りたいですね。自分以外に人を雇えるぐらい利益を出せるような組織にしていきたい。デザインに興味のある地元の高校生に、「南相馬でもデザインの仕事ができるんだ」と思ってもらえるような会社になれたら嬉しいです。
 

あとは、地域メディアをつくりたいとも思っています。フリーペーパーかWebメディアか、形は未定ですが、地域に関わる手助けとなるようなプラットフォームを仲間と一緒につくれたらなと。
 

やりたいことができたとはいえ、家庭とプライベートが第一という考え方は変わりません。仕事や活動での成長が、結果として地域が良くなることにつながったらいいなと思います

これからの目標について笑顔で話す小波津さん

南相馬のわたしのお気に入り

サウナ発達のトイレ

サウナ「発達」のトイレ

原町区にあるサウナ「発達」はすごく面白いです。中でも、壁一面が漫画のコマでびっしり埋め尽くされているトイレが好き。いろいろな漫画家の作品がコラージュされていていて、よく読むとストーリーになっているらしいですよ。サウナに入った後、併設している川口商店でごはんを食べるところまでがセットです。

自然を背景に笑顔の小波津さん

移住によって無職になることに、不安もあったでしょう。それでも、人生のときどきで気持ちに素直な選択を重ねてきた小波津さんの南相馬暮らしは、朗らかなものに感じました。仕事の目標ややりたいことを掲げながらも「プライベートが大事」と言い切り、それを実現するためのまっすぐな姿勢も印象的。大切なことが明確だからこそ、描ける暮らしがありそうです。

テキスト:蒔田志保/写真:鈴木穣蔵

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更新日:2023年03月23日