遠回りするからこそ得られるものがある 4代目川口商店店主の描く夢
遠回りするからこそ得られるものがある 4代目川口商店店主の描く夢
川口 雄大 さん(33)
かわぐち・たけひろ
2014年〜 南相馬市原町区在住
南相馬市原町区生まれ
(18歳):専門学校進学のため東京へ→専門学校を中退し、東京で芸人としての活動やエアコン設置業の仕事を経験→(24歳):東日本大震災後、実家の川口商店を継ぐために南相馬市へUターン
川口商店 店主
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幼い頃から、3代続く川口商店を継ぐと決めていた川口さん。東日本大震災をきっかけに「地元のお米屋さん」だった川口商店が休業し、2014年に4代目として新しい形で川口さんが営業を再開しました。現在は、飲食店やサウナ、宿泊施設など、さまざまなサービスを一から作っている川口さんですが、逆風もあったそうです。そんな川口さんのルーツと川口商店を通じて南相馬で目指すものを聞きました。
震災後、人の集う場所として再スタートした川口商店
Q1.南相馬市にUターンすることになった経緯を教えてください。
A.
南相馬市の高校を卒業後、芸人になるか服飾の道へ進むか迷い、東京の服飾専門学校へ進学しました。しかし、学校の雰囲気が自分の目指すものとは違うと感じて3ヶ月で退学。そのまま東京に残り、幼なじみと2人で芸人として舞台に立っていたんです。それも1年ほどで辞めてしまったんですが、心残りがあり、放送作家の学校にも通っていました。
その後東京で仕事をしていた2011年に東日本大震災が起きましたが、すぐに地元に戻れる状態ではありませんでした。実家で代々米屋を営んでいた川口商店も、震災をきっかけに休業。震災直後の南相馬が以前の日常とはかけ離れた光景になっているのを目にし、「自分にはできることがほとんどない」と無力さを痛感しました。その時、「1年に1個でも自分ができることを増やしていこう」と決めたんです。
それから2014年に南相馬市に戻り、私の手で川口商店を飲食店として再開することになりました。その時点で、飲食店勤務の経験はゼロ。そんな私がなぜ米屋ではなく飲食店をやろうと思ったかというと、震災直後、市内の飲食店が早く閉まってしまうところばかりだったから。飲食店で働いている人や夜働いている人が来て、遅くまでいられる場所がなかった。だから、お客さんに料理やお酒のことを教えてもらいながら、「一番遅くまで営業している飲食店」を開き、住民の方や遅くまで働いている人が集まって話ができる場所をつくったんです。
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Q2.4代目として川口商店を継がれたんですよね。3代目まではどのようなお店だったのでしょうか?
A.
川口商店は、3代目まではこのまちの「お米屋さん」として米の販売や馬の餌を主に販売していました。「馬のまち」である南相馬市ならではだと思います。それ以外にも、川口商店は商店街の中に位置しているので、地域住民の必要としている日用品を販売するなどの小売りも行っていました。
私は2代目の祖父が大好きで。祖父と「川口商店を継ぐ」と約束をしていました。小学校の卒業文集でも将来の夢として書いていたのを覚えています。あくまで「商店」なので、そのまま米屋として事業継続をしなくても、名前は残しながら、将来自分のお店を持てたらいいなと幼い頃から考えていました。
しかし実際、川口商店を飲食店として再開した時には、親との関係性もいいとは言えず、周囲から全く応援されなかったんです。それも今は親との関係も良好になり、いろんな人が手助けしてくれています。現在はさまざまな事業を行っていますが、将来その中の一つとして、代々続いた米の販売も復活させたい思いがあります。
再現できないものこそ価値がある。川口商店を舞台に多事業に挑戦
Q3.現在の川口商店ではどんなことを行っているのでしょうか。
A.
現在は、料理とお酒を提供する飲食店の他に、「サウナ発達」というサウナ施設をつくり運営しています。また、2023年2月上旬には同敷地内に宿泊施設をオープンしました。
川口商店を再開する時に掲げていたのが「遊べて出会える飲食店」でした。開店から約10年が経ち、改めて年齢や性別に関わらず趣味で繋がれる場所にしたいと思っています。原点に立ち返ろうと思った理由は、コロナ禍での世の中の飲食店の役割を考えたからなんです。飲食店には、単純に食欲を満たす場所というだけではなく、空間としての価値があるなと。職場や家庭以外のもう一つの居場所としての飲食店をつくりたい。このご時世だからこそ、オフラインで趣味や好きなことを通して、出会ったり気兼ねなく話せる友達をつくったりしてほしいと思いました。
「サウナ発達」は、地域とともに発達していきたいという願いを込めています。近年サウナで「整う」と言われていますが、サウナやお風呂上がりの飲みもの・食べものはすごくおいしく感じませんか?一番おいしいと感じられる状態で、川口商店で出す地元の食材を味わってもらいたい。そのおいしさを感じてもらえた人には、農家やつくり手を紹介するようにしています。
現在サウナは1日2回転の一棟貸しにしています。利用するお客さんの9割が県外の方で、「そのまま宿泊もしたい」という声が多く、宿泊施設もつくりました。私たちの行っているサービスは、市外の人たちに向けてのサービスであっても、常に地元の人やものをどうしたら巻き込めるかを考えています。
川口商店の敷地内で、飲食、サウナ、宿泊やバーベキューも行えるため、今後は店内で趣味ごとに集まれる区画をつくったり、立ち飲みの日や合コンのイベントなどもやっていきたいですね。
Q4. さまざまな事業を行っていくために、大事にしていることを教えてください。
A.
お金は二の次で、時間や心の余裕を大事にしています。私は再現できないものこそ価値があると思っています。子どもが4人いるのですが、子どもが子どもである時間を大切にしたり、仲間たちがやりたいことに挑戦できる時間を大事にしたいと考えています。
もう一つは、自分たちでつくるということです。私たちは、川口商店の内装も、サウナ施設や宿泊施設も、自分たちの手でつくりました。自分たちでつくることによって費用を抑えることができます。建築のことももちろんいろいろ学びました。それは、震災後「1年に1個でも自分ができることを増やしていこう」と決意したからですが、いつも今やっていることとできるだけ真逆のことに挑戦するようにしています。例えば、飲食業と建築は全然違う分野だからこそ、人生の幅が広がり、代えがたい自分の糧になると思っています。あえて遠回りしてさまざまな経験を積むことで、同じように困っている人がいたら、寄り添い、手を差し伸べることができる。もしまた今度災害が起きた時には、自分で直すことや助けることができると思っています。
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Q5. 川口商店を舞台に、挑戦し続けてきてよかったことはありますか?
A.
やはり、仲間や家族と一からつくる楽しみがあることですね。16歳の長男に、やりたいことを聞いたら「自分で家を建てて、友達と一緒に暮らしたい」と伝えてくれました。そして、今は中学を卒業し、一緒に川口商店の事業を手伝ってくれています。このまち、この川口商店だったら、挑戦できるような環境をつくれるのではないかと思い、オープンする宿泊施設も私と友人と長男の3人で一から建物をつくりました。
その長男と、「友達が高校を卒業するタイミングには会社をつくって、友達を面接するくらいにまでなろう」と目標を立てています。このことがきっかけで、長男にも「この人は本気で自分の人生を考えてくれている」と伝わったようで、一気に距離が縮まりました。
助けてくれる人がいる地域だからこそ夢を抱ける
Q6. 川口さんの考える南相馬の魅力は何ですか?
A.
やっぱり人ではないでしょうか。基本的に私は何もできないんです。1年に1個は自分ができることを増やしたいと思ってはいますが、たくさんの人が助けてくれたからこそ。そうでなければ、飲食業も建築も未経験からここまでやることはできなかったと思います。
助けてくれる人がたくさんいて、挑戦できる環境がこの南相馬にはあると感じています。
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Q7. 今後南相馬でやりたいことがあれば教えてください。
A.
私はいろんな場所で暮らしてみたいので、一つの場所に留まることは考えていません。でも、生活の軸は南相馬でありたいと思っています。各地で経験したことをこの南相馬で生かしていきたいです。
将来南相馬市内に自分の家を自分でつくる地域をつくりたいと思っています。私はアースバッグ工法という土の建築も学んできたのですが、この方法だと2000年から1万年の住居としての保存も決して夢ではないといわれています。耐震や構造のような知識や技術は必要でありながらも、実は地元の土を使って家を建てることも可能なんです。
自分たちでつくれば比較的安価で家が建てられて、余った資金を他の大切なものに使える。自分たちでつくれば、災害や支障が出たときに直すことができる。そうして、自分たちの手で育みながら、100年、1000年先まで残る遺跡のような、自分の家を自分たちでつくる地域がこの南相馬にあってもいいのではないかと思い描いています。
南相馬のわたしのお気に入り
旭川ラーメンゆーからの醬油ラーメン
ラーメンがすごく好きで、南相馬に帰ってきてからいろんなラーメン屋さんに行きました。その中でも、旭川ラーメンゆーからの醤油ラーメンが好きで、多い時には週3~4回は行っていました。注文は決まって「濃いめの麺硬め」。私しかそのように注文する人はいないかもしれませんが、本当においしいのでおすすめです。
元々人を楽しませることが好きという川口さん。「地元南相馬が好き」という思いが変わらない軸となり、仲間と共に唯一無二のチャレンジを続けています。「遠回りすればするほど、人に優しくできる」とあえて遠回りを選択する川口さんの言葉からは、何にも代えがたい家族や友人との今を大事に想う温かさを感じました。“芸人”川口さんがつくり続ける川口商店の今後が楽しみです。
テキスト:髙橋慶香/写真:鈴木宇宙
更新日:2023年03月23日