【鷺内(さぎうち)遺跡 3000年前のクルミかご】オンラインギャラリートーク⑨
『南相馬の竹細工』
縄文時代の遺跡からは土器がたくさん出てくることが多いので、たくさんの土器が使われていたと考えられます。しかし、これまで見てきたように、鷺内(さぎうち)遺跡の調査から、実はタケ・ササ類でつくられた編組製品がたくさんあることがうかがえます。昔の暮らしを考えるうえでは、見つかりにくいものも含めて考えなければなりません。
ふりかえってみると、少し前の南相馬の暮らしには、たくさんの竹細工がありましたよね。漁、山仕事、食べ物をたくわえたり、干したりするにもかご・ざるは欠かせません。このことを考えると、縄文時代にも、私たちが考える以上に多くのかご・ざるがあったのかもしれません。
今回、南相馬市博物館に保管されている多量の竹細工の中から、ほんの一部を展示してみました。いつもは見ることの少ない底の編み方、形などをじっくり見ていただくと、意外と縄文時代のかご・ざると共通するところが発見できます。
クルミかごの発見は、3000年間という時代を超えて、あらためて私たちにたくさんのことを教えてくれるように思います。
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更新日:2021年06月04日