偶然の出合いから南相馬市の公務員へ 人や地域と関わって、仕事も暮らしも楽しむ
偶然の出合いから南相馬市の公務員へ 人や地域と関わって、仕事も暮らしも楽しむ
木南 貴裕 さん(27)
きなみ・たかひろ
2018年〜 南相馬市原町区在住
埼玉県羽生市生まれ
(18歳):大学卒業まで実家暮らし。東京都内の大学へ通う。 → (22歳):南相馬市役所へ就職。社会福祉課へ配属。→(25歳):小高区役所 地域振興課へ異動
小高区役所 地域振興課
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父の背中を見て、公務員を志すようになったという木南さん。
埼玉県で生まれ育ったこともあり、南相馬と出合ったのは就職先の自治体を探し始めた時のことでした。就職を機に移住してからは、それまでのインドア派から転向。よく出かけるようになったそうです。人と関わることで「南相馬って面白い」と感じるようになったという木南さんに、仕事と暮らしの楽しみ方を聞きました。
震災後の課題が残るからこそ 足を運ぶ前に情報収集で安心を
Q1. 新卒で就職されたのが、南相馬市の公務員ですよね。どうして南相馬市役所を選んだのですか?
A.
父が税務署で働いている公務員で、働くことを意識し始めた高校生ぐらいから「職業といえば公務員」というイメージがあったんです。とはいえ、本格的に公務員について調べ始めたのは大学に入ってからです。働く場所や希望する職種にこだわりはなかったので、さまざまな自治体の採用説明会に参加しました。地元の羽生市や埼玉県の説明会のほか、大学があった都内で開催されるものなど、各自治体が単独開催するものが多かったです。そんな中で、めずらしく多数の自治体による合同説明会があると知り、足を運びました。その時に、東日本大震災で被災した市町村というブースがあり、南相馬市の話も聞いたんです。
説明会で話を聞くまでは、南相馬市の被災状況に関して「大きな津波がきた」「原発周辺地域は人が住めない場所がある」程度のことしか分かっていませんでした。教えてもらったのは小高区の避難指示が解除された翌年のこと。震災から5年間は人が住めなかったことや、6年経っても常磐線が全線開通していない状況に衝撃を受けました。
公務員という職業を選んだ理由のひとつに、「人の役に立ちたい」という思いがあったんです。話を聞くうちに、より助けが必要とされている場所で働きたい気持ちが膨らんで、南相馬市の試験を受けようと思いました。
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Q2. 南相馬の様子をよく知らないまま、就職や移住の決断をする不安はありませんでしたか?
A.
被災地域といえども、私が就職試験を受ける頃には、全国の地方都市と同じように生活や仕事をされている方がいたので、不安はあまりなかったです。放射能の影響に関して、東京電力などが公開している情報をWebで調べても、心配になるようなことはありませんでした。
情報収集の後、就職が決まる前に埼玉から電車に乗って南相馬市を実際に見に行きました。原ノ町駅を降りてすぐにある市立中央図書館がきれいで立派だなというのが第一印象で、地震があったことや人が避難していたことの影響はあまり感じませんでした。一方で、駅前通りを進んでいくと空き家や空き店舗が目立っていることに気づき、少し寂しさを感じたのも覚えています。
フットワーク軽くまちへ出て 手も足も動かす 防災の仕事
Q3. 木南さんが所属している「地域振興課」はどんな仕事をする部署ですか?
A.
「地域振興課」は、まちづくりに関する業務を中心にさまざまな仕事をしています。私の担当は、防災や消防団に関する業務です。災害時に避難所となる場所や市の倉庫にある備蓄品の管理、防災に関する出前講座を行っています。「消火栓の表示が消えてしまっている」「消防積載車のエンジンの調子が悪い」といった相談を、消防団の方から受け付けるのも私の仕事です。話を聞いたら実際に現場へ出向いて問題を把握し、解決するよう動きます。公務員の仕事はデスクワークが中心だと思っていましたが、身体を動かすことも多いんですよね。
災害時には、小高区内の避難所開設や危険なエリアの周知など、緊急対応を行います。例えば、震度4以上の地震が起きると、被害の大小に関わらず出勤して、地域で被害が生じていた場合に対応できるように区役所に待機します。また揺れが大きい場合は区役所庁舎の状況確認も行います。
私が着任後に災害対応したのは、2022年3月に起きた福島県沖地震。南相馬市では最大震度6強を観測し、市内全域が大きな被害を受けました。地震発生後直ちに出勤して地図を広げて、消防団や行政区長の方々が集めた被害状況を地図にとりまとめる。危険を知らせるため、カラーコーンの設置をお願いする。災害対応は緊迫感がありハードな業務ですが、住民の安全を守ることへの使命感をもって対応しています。
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Q4. 仕事でやりがいを感じる瞬間を教えてください。
A.
地域の課題に対して取り組みを考え、実行することにやりがいを感じます。部署によってはルーチンワークが多い公務員の仕事ですが、小高区役所にきてからはアイデアを求められることが多いです。小高区は原発事故の影響で人口がゼロになった時期もあり、もう一度まちを盛り上げよう、よくしようという取り組みは応援される雰囲気があると感じます。
私は最近、小高の秋祭りで消防団の活動をアピールできないかと提案しました。消防団の服を着て記念撮影できるブースをつくったり、活動のパネル展示をしたりできるよう準備を進めています。私ひとりではできることも限られるので、市役所の他部署の方や消防団の方にも、協力をお願いしています。資材を使わせてもらう相談をしたり、当日一緒にイベントに出ていただけないかと声をかけたり。人と関わる機会が必然的に増えるのも、この仕事の面白さだなと思います。
自ら地域に関わることで、まちの面白さを知っていく
Q5. 南相馬らしさを実感する瞬間はありますか?
A.
伝統文化の相馬野馬追を中心とする、馬事文化に触れたときですね。相馬野馬追は地域全体が一丸となって行われるため、市職員は普段の仕事とは関係なくても、準備から祭事の終わりまで動き回っているのではないでしょうか。私は、交通規制の看板設置や警備の補助をお手伝いしました。野馬追が近づくと本番に向けて、公道で乗馬している人を見かけるようになるのも最初はびっくりしましたね。その光景を見るのも5年目になりますが、他の地域では見られない光景なので何度見ても新鮮さを感じます。
相馬野馬追だけでなく、小高の町中で馬さんぽができる「Horse Value」や、乗馬とキャンプを組み合わせた馬キャンを体験できる「カリフォルニアライディング」など、馬を活用したビジネスが新たに生まれていることも興味深いです。馬事文化を盛り立てていこうという気運を感じます。
Q6. 木南さんにとって、南相馬の面白さはどんなところですか?
A.
小高区役所に配属されてから「南相馬って面白いな」と感じる機会が増えました。これは地域をより良くしようとチャレンジする人たちと関わる機会が増えたからだと思うんです。例えば、貴船神社では氏子さんや行政区長さんたちが震災前の賑わいを取り戻そうと新年の「火伏せ祭り」を11年ぶりに復活させました。また、表現からつながる家「粒粒」やコーヒースタンド「オムスビ」などに行くと、自分の持つスキルを使って地域を盛り上げようとしている方たちと出会えます。最近だと、東京などの他地域からアーティストが来て、小高を舞台に作品制作をするアーティストインレジデンス「群青小高」が開催されました。地域でチャレンジしている方々を間近で見ていると、ワクワクしてくるんですよね。
そういった南相馬の面白さを伝えたいと役所でも取り組んでいます。小高区役所の地域振興課には「おだかぐらし」という担当があり、地域の人との仲介や暮らす場所の提案をしています。担当者も頻繁にまちに出て、いろいろな情報を集めているので、話すだけで面白いと思いますよ。小高への関わりを深めたい方は、ぜひ訪ねてみてください。
南相馬のわたしのお気に入り
鈴木屋のあんみつ風白玉抹茶パフェ
鈴木屋さんのスイーツをよく食べに行きます。パフェの種類が豊富なんですが、一番よく頼むのが「あんみつ風白玉抹茶パフェ」。特別感があって、忙しい業務をやり終えた後、ご褒美に食べに行きます。甘いものが大好きなので、南相馬にある甘いものは一通り食べてみたいです。
取材をする前、木南さんにはクールな印象を持っていましたが、話を聞けば聞くほど、南相馬に熱い思いを寄せているのだと感じました。気になるイベントに足を運んだり、お気に入りのスイーツを食べに行ったりと、今の暮らしを心から楽しんでいることが伝わってきます。木南さんのおすすめスポットに、行ってみたくなりました。
テキスト:蒔田志保/写真:白𡈽亮次
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更新日:2022年11月18日