ゆるやかに時間が過ぎるまちで 仕事を掛け持つ「複業家」として暮らす

ゆるやかに時間が過ぎるまちで 仕事を掛け持つ「複業家」として暮らす
伊藤 悠河 さん(25)
いとう・ゆうが
2022年2月〜 南相馬市小高区在住
愛知県豊橋市生まれ
(7歳):家族の転勤で東京都日野市へ → (18歳):伊勢丹へ就職し、シャツの販売員として勤務。東京都中野区で一人暮らし→(22歳):カード販売店の副店長に転職→(24歳):南相馬市へ移住
複業家
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前職がきっかけで南相馬市に通い始めた伊藤悠河さんは、南相馬の環境が気に入り、1年前に移住してきました。新生活に向けて準備はしたものの、移住後の仕事は決まらないまま生活が始まったそうです。紆余曲折あり、今は複数の職場を掛け持ちする「複業家」として働く伊藤さんに、これまでの道のりや移住への想いを聞きました。

東京から通いながら感じた南相馬の心地よさ
Q1. 南相馬市に移住するまでの経緯を教えてください。
A.
前職では東京でシャツの販売員をしていたのですが、シャツの原料となるコットンが小高区で栽培されていたんです。栽培農家を訪ねたのが最初のきっかけで、それ以降、月に1度くらいのペースで通うようになりました。仕事半分、プライベート半分という感じで、農家に行く以外には、サーフィンをしたり、南相馬で出会った人と食事に行ったりして過ごしていました。
滞在中は、小高駅前の双葉屋旅館に宿泊することが多かったです。そこで、宿泊者や地元の方と話をするのが楽しくて。東京に比べて空が広く自然豊かなところや、時間がゆっくりと過ぎていく感じもすごく好きだなと感じていました。
東京は仕事をする場所としてはいいけれど、暮らすのは少し疲れるなと思って過ごしていたんです。生活を見直そうと考えてみても、新しくやりたい仕事も特になくて。その時に「南相馬の環境が気に入っているから住んでみよう」と思い、移住を決めました。
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Q2.移住前にイメージしていた生活とのギャップはありますか?
A.
あまり感じませんね。移住後の生活を具体的にイメージしていなかったので、新生活への期待がなかったのかもしれません。知り合いができなかったり、生活が面白くなかったりしても、人生経験になるから良しという考えでいました。
ただ、来たばかりのころはスーパーの閉店時間が早いことや飲食店の選択肢が少ないことには不便さを感じました。でも、慣れてしまえば全く気になりません。いろいろなものがありすぎる東京より、自分には合っている環境なのかも。何を食べたいのか分からないなんてこともなくなり、今は心地良さを感じるほどです。
周りの人に声をかけてもらいながら仕事をつかむ
Q3. 「複業家」とは、具体的にどんな働き方をしているんですか?
A.
今は5つくらいの仕事を中心にスケジュールを組んでいます。
例えば、月曜日は小高パイオニアヴィレッジ(以下、パイオニアヴィレッジ)の受付、火曜日は浪江で清掃の仕事を。水曜日は午前中にドローン撮影のアシスタントをして、夕方から居酒屋に出勤。そして木曜日は、無人駅のJR小高駅で地域住民や学生を見守る「駅もり」の仕事......といった感じで、毎日違う職場に出勤しています。一つひとつの仕事は単発の依頼がほとんどで、お声がけいただいたときにスケジュールが空いていたら承っています。
なので、休日も決めていません。どんどん仕事を受注していたら休みがなかったという時期もあったのですが、あまりストレスは感じませんでした。家にいて何もやることがないと、もったいない過ごし方をしたって思っちゃうんですよね。

Q4.なぜ複数の仕事をされているのですか?
A.
移住前に就く予定だった仕事がなくなってしまったのがきっかけでした。とりあえず生活ができるように稼がねばと、家から徒歩で勤務できるホームセンターのアルバイトを始めたものの、貯金ができるほどの収入にはならなくて。どうしたものかと、出会う人々に「実は仕事がなくて...」と打ち明けていたら、仕事が一つずつ増えて今に至ります。
最初にした仕事は、動画撮影でした。移住して間もない頃に、近所に住んでいた同世代の男の子が、僕をパイオニアヴィレッジに連れて行ってくれた時のことです。自己紹介とともに、仕事がない話をしていました。そしたら、偶然居合わせた初対面の方が「動画撮影の仕事していく?」とその場で声をかけてくれたんです。
パイオニアヴィレッジに入るのも初めてで、正直とても緊張していました。でも、そのまま仕事をさせてもらって、連絡先を交換して、仲良くなって...。仕事になっただけでなく、人とのつながりも広がる出来事でしたね。パイオニアヴィレッジの受付の仕事も、当時の話の流れでさせてもらうことになり、今も続けています。
パイオニアヴィレッジには、さまざまな仕事や活動に取り組んでいる起業家や同世代の人が集まっています。ここにいると今でも「手伝いにきてもらえない?」と声をかけていただくことがあって、ありがたいです。週1〜2日、半日だけなど融通を利かせた形でも仕事をいただけるのは、僕の働き方を理解してくれているからこそなのかなと思います。


Q5. 複業家の面白いところを教えてください。
A.
いろいろな人と出会えることが面白いです。職場によって、集まる人の世代やコミュニティが違うので、話題もさまざま。とりとめもない話から真面目な話まで、人と話すのが好きなので楽しいです。
仕事のスケジュールが決まり切っていないところも、僕は好きですね。夜寝る前に、明日の予定はなんだろうと確認するのはワクワクします。

暮らす場所を自分で選ぶ経験
Q6. 移住を考えている方へメッセージをお願いします。
A.
移住してみてください。「好きな場所だから住んでみよう」そのくらいシンプルな理由で移住してみてもいいんじゃないでしょうか。
僕の初めての移住先は南相馬市です。ここでの生活は気に入っていますが、南相馬の良さに触れたからこそ、これまで住んできた地域の魅力に気づいたり、他にも面白い地域があるんじゃないかなという気持ちが生まれたりもしました。
一度移住したからといって、ずっと住まなければいけないわけでもない。想定外のことも含め、良いことも悪いことも経験と捉えられれば、先の人生に活かせることもあるはず。一筋縄ではいかないこともありましたが、僕は「南相馬に移住してみてよかった!」と思っています。

南相馬のわたしのお気に入り

大三食堂
小高の駅前通りにある大三食堂がお気に入りです。よく食べるのは、ボリューム満点のかつ丼と肉うどん。雑多なお店の雰囲気も好きですが、地元のおじさんなど、普段はなかなか出会えない人たちに会えるところが気に入っています。世間話に混ざりにいったり、顔なじみになってくると気にかけてもらうようになったり。そういうのが楽しくて通ってますね。

お話の中で「何事もやってみないと分からないですから」と、合言葉のように繰り返していたのが印象的でした。複業家という働き方は、伊藤さんが前向きな気持ちでものごとを捉えてきたからこそ、確立されたスタイルなのかもしれません。何かをしようと意気込まず、移住してもいいじゃない。そんな軽やかな移住の選択に、気づかせてもらう取材でした。
テキスト:蒔田志保/写真:鈴木穣蔵
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更新日:2023年03月23日