移住を叶えてくれたシェアハウスから 新しい暮らし方を体現していく
移住を叶えてくれたシェアハウスから 新しい暮らし方を体現していく

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只野 福太郎 さん × 齋藤 亮太 さん
ただの・ふくたろう さいとう・りょうた
只野さん:2020年〜南相馬市小高区在住
埼玉県さいたま市出身
OWB株式会社 コミュニティマネージャー
【20歳】多拠点生活のライフスタイルで地域に興味を持つ→【21歳】OWBで1ヵ月インターン→【22歳】2020年春に新卒で入社
齋藤さん:2021年〜南相馬市小高区在住
福島県会津若松市出身
marutt株式会社 プロジェクトマネージャー
【19歳】福島大学の授業で小高を訪れる→【22歳】OWBで1ヵ月インターン→【23歳】大阪府の建設コンサルタント会社に就職→【26歳】南相馬市のデザイン事務所marutt株式会社に就職・シェアハウスに居住
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同世代で、同じ小高区に住む移住者である2人。もうひとつの共通点は、シェアハウスに暮らしていることです。それぞれの仕事に邁進しながらも、シェアハウスや移住者のコミュニティでよく顔を合わせる2人。普段は、わいわいと楽しむ仲間ですが、あらためて、移住のこと、シェアハウスの暮らしについてのリアルなお話を聞いてみました。

小高区に、 ここだけの仕事を求めて
ーーそれぞれ、移住して南相馬市にやってきているので、移住のきっかけや仕事の内容について聞いてみたいです。
齋藤さん:
僕が初めて南相馬市に来たのは、2015年。福島大学の学生だったときに、「むらの大学」という授業で小高に来たんですよ。まだ一時帰宅しか認められていない小高の状況を、初めて見たんです。僕は会津若松出身なんですが、それが自分にとっては衝撃的だった。大変な環境にありながら、ここの人たちがすごくあたたかったのがずっと心に残り、興味を持ち続けていたんです。
それで2017年に、福ちゃん(只野さん)が現在勤めている小高ワーカーズベース(OWB)の募集を見つけて、1ヵ月のインターンをしに来ました。
そのときすでにここで働きたい気持ちもあったけれど、新卒では経験不足な気がしたんです。それで、まずは災害の復旧現場で働きたくて、土木の仕事に就くことにしました。そこでは、公共工事の施工管理や現場監督をやっていました。
そうやって働きながらも、小高のイベントにはちょくちょく来ていました。でも、仕事が忙しくなると思うようには行き来できなくて。行きたい場所に行けない、会いたい人に会えないでモヤモヤがたまるのはよくないと思って、ひとまずリセットしよう、と。
新卒で入った会社は丸2年勤めて辞めて、どうしたらいいかさまざまな人に相談していて、その1人が今の勤め先であるmaruttの西山里佳さんでした。
ーーどういう相談をしたんですか。
齋藤さん:自分はサポーターとして、何か役に立ちたい。 小高は特に、前に立つ人が多いからこそ、支える人もいた方が、まちの活性化にもつながるんじゃないかと思いました。「じゃあmaruttでそういった立ち位置の仕事をしてみよう」と言ってもらえて、2021年に移住して働くことになったんです。
ーー只野さんはどんなきっかけで南相馬に来たんですか。
只野さん:
僕は、東京で大学生をしていて、3年生のときにライフスタイルをガラッと変えたい気持ちになったんです。いろんな地域に行く機会を得てみて、新卒で地方に出てしまった方がおもしろいと思い始めました。そんな折に、小高ワーカーズベースが「コミュニティマネージャー」という職業を募集していたんです。
地域としても、ダイナミックに変わっていく予感がある場所で働きたいと思い、新卒で南相馬市にやってきました。
ーーコミュニティマネージャーとは、どんな仕事なのでしょうか。
只野さん:
職場は「小高パイオニアヴィレッジ」で、 ここはコワーキングスペース、宿泊施設、ガラス工房の3つの機能が複合した場所です。
そこには、利用者としてやって来る人もいれば、起業したい、新しい活動をしたいと思ってやってくる個人や企業もいる。学びにやって来る人もいる。ようするに、さまざまなバックグランドを持った人が来るんですが、そういう人たち同士の繋がりをつくっていく仕事といえます。
ほかにもシェアリングエコノミー協会に所属して活動していたり、はた目から見ると10個ぐらい仕事をしているように見えるらしいです(笑)。だけど、僕の中で全部つながっていているんですよ。
齋藤さん:
そうなんだ ! どんなふうにつながっているの?
只野さん:
「良質な繋がりをつくっていくと楽しい」ってことかな。言い換えれば、「社会関係資本」を研究したい。
近所で普段から遊べる環境がある、腹を割って話せる関係がある、ちょっとした困りごとは仲間内で解決できちゃう……お金による経済の循環も必要だけれど、ローカルな地域だとつながりによって広がる選択肢がたくさんあると思うんだよね。


仕事はあるのに家がない ! の解決策
ーー移住してすぐに、今のシェアハウスに住み始めたのですか。
齋藤さん:
それが、最初は家がなくてですね……。 2つのお宅に合計 1カ月ちょっと居候していて、その間は、ひたすらいろんな人に「家を探してるんです」って言って回っていました。
そうしたら、「同じように家を探してる人がいるよ」と教えてもらって、その人と一緒に住むことになりました。歳が近いってだけで、最初は友達でもなかったのですが、結局2年間一緒にアパートを借りて暮らしました。
ーー現在おふたりが住んでいるシェアハウスについて教えてください。
齋藤さん:
最初に暮らしていたところを出て、今は3人で一軒家に住んでいます。1人は「複業家」の伊藤さん、もう1人はエンジニアの山内さんで、どちらも移住者インタビューに以前出ていますね。
実は山内さんは、只野さんが住んでいるこのシェアハウスの住人だったんです。でも、2023年当時は大学生の住人が多くて、山内さんはもう少し落ち着いて生活したいと言っていて。ちょうど僕もそれまで一緒に暮らしていたルームメイトが東京に引っ越すタイミングだったので、一緒に住むことを提案したんです。
そもそも小高には単身者用のアパートが少ないんですよ。それで、大きい家を複数人で借りてシェアするのが効率的という状況があります。
只野さん:
この家は、現在6人で住んでいます。20歳で通信制の大学に行きながら、僕と同じ会社で働いている女性と男性、それに根本さん夫婦ともうすぐ1歳になる(取材時)赤ちゃんです。そんな拡張家族シェアハウスになっています。
最初は地域留学プログラムの「さとのば大学」の受け入れのために、2020年に会社として借りた場所です。コロナ禍で他の受け入れ地域での活動が制限されているときに、南相馬はわりと融通がきく部分があったので、受け入れが集中していました。
家具付きで住める好条件も相まって、とてもありがたかったです。当時はさとのば大学の研修でやってきた大学生がメインの住人で、1ヵ月くらい滞在して出ていく人が多かったですね。
ーー只野さんが住み始めたのはいつからですか。
只野さん:
2022年の秋ですね。それまでは、職場だった小高パイオニアヴィレッジに住んでまして。 事業責任者として、お客さん目線で住んでみて、サービス改善をしていたんです。1年くらい住んでその仕事はひと段落したし、だんだんお客さんの数も増えてきました。
それで、一部屋占領しているのもよくないな、というタイミングでここに引っ越しました。
僕も含めて、今は定住している人同士で家をシェアしているかたちなので、そのとき住んでいる住人の誰かの名義で借りて、引き継いでいっています。この場所ができた当初から考えたら、もう30人くらい住んだ人はいるんじゃないかなあ。


拡張家族実験中 赤ちゃんと暮らして気づくこと
ーーこちらの家には子どもが住んでいるというのも、シェアハウスとしては珍しい気がします。
只野さん:
そうですね。根本夫妻は今年の春から住み始めたんです。お母さんは、もともと小高出身でUターンしてきて、お子さんも昨年生まれて。最初は家族だけで暮らして子育てしていたのですが、共働きで両親だけで子どもを育てることには難しさを感じていたそうです。
「子育てもみんなでできるシェアハウスをやりたいね」と言っているのを聞いて、「うちの部屋が空いてるから住んでみませんか」と、お試しを持ちかけてみたんです。
ーー「お試し」と言いつつ数ヶ月経過した今、どんな感じですか。
只野さん:
現代社会で、子どもを夫婦2人だけで育てるのがいかに大変かを知りましたね。都会だったらお金を払ってシッターさんを雇うとか、選択肢も多いのかもしれません。でも、地方だとそれは難しいです。
「5分だけ見てて」とかならお安い御用だし、少しは僕らも助けになっているかな。一緒に暮らす僕らにもいいことがあって、住人同士のまとまりができました。
ライフスタイルもばらばらで、ごはんを食べる時間もそれぞれだったのが、赤ちゃんがやってきてから、 一緒に見守ったり、ごはんを食べたり、拡張家族みたいな感じなんですよね。夕ごはんは、根本さんが作ってくれることが多くて、そんなときはみんなで材料代をPayPayで出し合ったりしていますね。
ーーそれはいいですね。他にも、シェアハウスに暮らしているからこそのいいこと、逆に大変なことなどは何ですか。
齋藤さん:
話し相手がいつもいるのは、すごくいいことかなと思います。一緒にキャンプや旅行の企画をしたりもして、大学の延長線上みたいな雰囲気もある。社会人になってもこういうことができるとは、思っていなかったです。
只野さん:
僕がいいなと思うのは、物をシェアできること。ゲーム機とかマンガとか、みんなで持ち寄って楽しめるっていいですよ。必要なものは、みんなでお金を出し合えば1人で買うよりいいものを買えたりもしますしね。
齋藤さん:
大変なところは、掃除レベルや散らかり方の許容範囲が人によってばらばらなことですかねえ。
只野さん:
わかる。シェアハウスには取締役と取り乱し役2つの役割が発生するよね(笑)。 齋藤くんは取締役側なんでしょ。
齋藤さん:
そうだね。最近は、お互い気になるとこがあったら、付箋で「ペットボトル置きっぱ」「シンクのもの洗って」とか書いておくようにしたんです。そうするとカドが立たないですよ。


新しい場所に行くためにも シェアハウスが必要かもしれない
ーー充実したシェアハウス生活を送っているおふたりですが、近々引っ越し予定なんですよね。
齋藤さん:
はい。僕は結婚相手が暮らしている福岡県に引っ越すことが決まっています。でもmaruttの社員であるのは変わりませんし、この地域とどうやって関係をつないでいくかは模索していきたいです。
「住む」に限らず、いろんな関わり方があっていいんだと、自分も体現したい。暮らしていることがひとつの大きな信頼ではあると思うので、そうじゃなくなるぶん、コミュニケーションやいろいろなやり方でカバーしていきたいです。
僕が住んでいた家は、同世代の方がシェアハウスとして運営していくことになりました。現在、シェアハウスメンバーを募集しているそうです。二拠点生活を考えている方や、南相馬で住まいをお探しの方は、ぜひ選択肢に入れてみてほしいです。僕も小高に滞在するときには、シェアハウスや宿泊施設を利用する予定です。
只野さん:
僕も結婚してここを出るんですが、暮らすのは原町だから齋藤くんほどの変化はないかな。
齋藤くんが言うように、グラデーションのある人たちが、安心して関われるような 環境をつくっていきたいですよね。
たとえばこのシェアハウスなら「明日行きます」「いいよ」ってことができる。システムに組み込まれると難しいことも、受け入れられる余白があるというのかな。それが、結果的にまちにもいい影響を与えていく気がしています。

(編集後記)
旅立ちを目前に控えた時期に行われたインタビューですが、2人が引越したあとも、それぞれのシェアハウスは健在です。齋藤さんは福岡県、只野さんは同じ市内という距離の違いはありつつ、今後もそれぞれの小高区との関わりは濃く続いていきそうです。
今は暮らしていなくても、いつでもふらりと訪ねられる場所は、なんだか実家のよう。移住者も多いこの土地で、拠り所になるシェアハウスの存在は、コミュニティにとっても必要なものなのでは?と、住まいから移住を考えるきっかけになる対談でした。
テキスト:小野民/写真:鈴木宇宙
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更新日:2025年03月26日