相馬地方の巨人伝説・怪異伝説(令和6年2月1日)

「進撃の巨人」というマンガやアニメが人気ですが、相馬地方にも巨人や怪異の伝説が残っています。
新地町の鹿狼山には、昔、鹿と狼を連れた手長明神という神様がいて、長い手を伸ばして海から貝を採って食べ、捨てた貝殻が貝塚になったという伝説があります。註1
相馬市山上の塩手山には、昔、手長大明神という神様が山から手を伸ばして松川浦の魚や貝を採って食べていたという話が伝わっています。この付近には新生代第三紀中新世の塩手層が堆積していて、そこからは熱帯から亜熱帯の貝化石がたくさん産出します。註2
南相馬市原町区牛越の牛越山にも手長稲荷神社があります。牛越山には手の長い猿がいて、手を伸ばして海から貝を採って食べていたという伝説があり、山のふもとから貝の化石を拾ったという方もいます。註3
こうした巨人伝説は日本各地に残されており、関東や東海地方では「ダイダラ法師」「ダイダラボッチ」などと呼ばれています。たとえば、奈良時代の常陸国の地誌『常陸国風土記』那賀郡(那珂郡:現在の茨城県の県中地域)の条には、手の長い巨人が食べた貝の塚や巨人の足跡・尿の跡が残ったという説話があります。註4 こうした巨人伝説は、神や英雄を主人公にした地方の国創り神話の変形と考えられています。

手長神社跡・新地貝塚(新地町小川)

手長稲荷神社(南相馬市原町区牛越)
一方、小高区金谷の山中には怪異伝説があります。江戸時代末の地誌『奥相志』には、山奥で大きな笊籬(竹を編んだざる)のような頭の女の化け物が現れ、鹿を追って山に入った猟師の目の前で乱れ髪を地面に引きずりながら微笑み、猟師を恐怖に陥れたという話です註5。乱獲を続ける猟師を山の神が戒めたのだとされ、猟師は殺生をやめたそうです。金谷には「ザルカブリ山」という地名が残されています。

南相馬市小高区金谷字北釘野から
八丈石山・ザルカブリ山方向を望む

ざるの化け物(いかき)(男)
『大新板ばけ物ずくし』豊貞 明治時代
(国際日本文化研究センター蔵)
註1 新地町教育委員会『新地町史』自然・民俗編 1993年 P424
新地町教育委員会『新地町史』歴史編 1999年 P26~27
註2 相馬市『相馬市史』4 資料編1(奥相志)1969年 P257
相馬市『相馬市史』8 特別編1. 自然2015年 P21
註3 相馬市『相馬市史』4 資料編1(奥相志)1969年 P686
南相馬市『原町市史』民俗編 2006年 P498
南相馬市原町区西町の相良征一氏が子供の頃に祖父から聞いた話と体験談。
註4 『風土記』日本古典文学大系2 岩波書店 1967年 P76~80
註5 相馬市『相馬市史』4 資料編1(奥相志)1969年 P986~987
南相馬市『小高の歴史』民俗編2 山手の民俗 2010年 P77
(二本松 文雄)

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更新日:2024年04月01日