イチョウの乳信仰（ちちしんこう）（令和5年12月1日）
今の季節、イチョウが黄色に染まってきれいですね。
市内には小高区の「同慶寺のいちょう」、鹿島区の「阿弥陀寺の大いちょう」というイチョウの大木があります。どちらも市指定天然記念物で、地域のシンボルとして大切にされています。
ところで、イチョウの大木にはしばしば枝や幹から垂れ下がった「乳」のようなものが見られます。昔はそれを赤ちゃんの母親の乳に見立て、乳の出が良くなるようにイチョウの木に祈る民間信仰がありました。そのような信仰は、現代ではわずかに地域の古老が知っているだけであったり、古い伝承をまとめた本に記されているだけであったりします。
同慶寺のいちょうの乳
阿弥陀寺の大いちょうの乳
しかし、幸いにも前述の市内の二つのイチョウには次のような伝承が残っています。
「同慶寺のいちょう」は「乳の神様」と記された記録があり［註1］、先代住職夫人は「昔は乳の出を祈願する女性がお参りに来ていた」、現住職は「哺乳瓶に入った乳がいちょうの根元に奉納されていた」と語っています。また、このいちょうは「丘の灯台」とも呼ばれていたようです。丘陵の縁辺にあって黄葉する時期には特に目を引くので、昔から街道（現在の県道120号 浪江・鹿島線。通称、旧国道）を行く人々の目印になったにちがいありません。
「阿弥陀寺の大いちょう」は、乳の出を祈願する女性がその実を食べると乳の出が良くなるといわれ、このイチョウの後ろ（現在は阿弥陀堂内）に子育て観音が祀られていました。［註2］
相馬地方ではほかに新地町の「白幡のいちょう」（「五里八幡の乳イチョウ」）の乳信仰が知られています。「白幡のいちょう」には4つの伝説があります。［註3］
白幡のいちょう（五里八幡の乳イチョウ）の乳
その1。前九年の役（前九年合戦）のとき、源頼義が五里ごとに八幡神社を祀り戦勝祈願した五里八幡のイチョウといわれている。
その2。木の根元近くに乳房のようなこぶがあり、乳の出を願う人は甘酒を作ってこのイチョウに供えると乳の出が良くなったといわれている。
その3。昔このイチョウの空洞に大蛇が住んでいて、夜になると若い男に化けて近くの美しい娘のところに通った。怪しんだ娘の母親が、蛇が苦手とする黒鉄の針を若者の着物の裾に刺しておいたところ、次の夜から若者は来なくなった。
その4。天正17年（1589）5月、伊達政宗が相馬氏の虚をついて新地と駒ヶ嶺を攻略した。その時、国境の印として持っていたイチョウの杖（鞭ともいわれている）を刺したものが根付いた。先を地面に刺したので、枝が下を向いてのび、そのため逆さイチョウといわれた。
イチョウの乳の民間信仰は昔の人の素朴なイメージから生まれたものですが、現代でも母親が赤ちゃんの健康と無事に成長することを願う気持ちに変わりありません。黄葉したイチョウを見かけたら、赤ちゃんを思う母親の心の拠りどころとなった「乳」を探してみてください。
［註1］環境庁『第4回自然環境保全基礎調査 巨樹・巨木林調査報告書 北海道・東北版』1991
環境庁データ「日本の巨樹・巨木林データ（1991）」
コード番号07-563-002と07-563-005は所在地が同じで（小高町小高字上広畑）、どちらも社寺所有。幹周が同じ（540センチメートル）。002（同慶寺のいちょう）は信仰対象無となっているが、信仰対象であることを確認している。さらに、町指定天然記念物のイチョウは1件のみであることから、同一の木と考えられる。
［註2］阿弥陀寺史編集委員会『中目山 阿弥陀寺史』1988年
［註3］株式会社牧野出版『わが町わが村自慢の木』1989年
（二本松 文雄）
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更新日：2024年04月01日