エントランスホール展示

更新日:2026年08月27日

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当館では、エントランスホールに展示コーナーを設け、季節や時事的な話題、開催中の企画展などにあわせた展示を随時行っています。

エントランスホールのみのご見学は無料ですので、お近くにお越しの際はぜひご覧ください。

こちらの展示コーナーは予告なく変更となる場合があります。あらかじめご了承ください。

文化庁「食文化ミュージアム」の認定について

文化庁「食文化ミュージアム」認定についての紹介パネル

 文化庁「食文化ミュージアム」事業において南相馬市博物館が認定されたことや、相馬農業高校と連携して応募した「100年フード」の「伝統の100年フード部門」で南相馬市原町区萱浜地区の郷土料理「ベンケイ」が認定されたことを紹介しています。

 「食文化ミュージアム」、「100年フード」については下記の文化庁ホームページをご確認ください。

郷土料理の展示

屋敷林と私たちの食卓

 相馬地方では、住居のまわりに杉や竹などの屋敷林をめぐらせた家が多くみられます。「イグネ」や「カコイ」などとも呼ばれる屋敷林のおもな役割は防風ですが、それだけでなく、家の建築や補修のための建材や道具をつくる際の材料として、また、落ち葉や枝などは燃料などとしても利用されてきました。さらに、食用にできる樹種や作物を植栽することで、柿、柚子、たけのこ、梅などの食材も入手することができ、そうした作物はさまざまに調理・加工され、日々の食卓に上りました。
 このように屋敷林は「宝の山」として多岐に利用され、代々大切に管理されてきた“家の財産”であり、その家の歴史や風格をあらわすシンボリックな存在でもあります。そして、屋敷林で囲まれた家々の風景そのものが、この地域を象徴する景観にもなっています。
 しかし、平成23 年(2011)3 月の福島第一原子力発電所事故後は、放射能汚染による除染の対象として屋敷林を伐採する風潮が高まるなど、屋敷林文化の消滅が危惧されました。詳しい調査の結果、事故当時は落葉樹に葉は付いておらず、放射性物質の大部分が地表に付着したこと、常葉樹の枝葉や幹に付着した放射性物質は、降雨等によってすでに地表面に移行していることが判明しました。それにより、屋敷林を伐採したところで空間線量低減の効果は低く、あえて除染のための伐採はしなくてよい(必要ない)とされたため、事故直後の風潮は覆されましたが、多くの屋敷林はすでに家主の苦渋の決断のもとに伐られ、失われてしまったあとでした。
 ここでは、屋敷林からの恵みを利用して私たちの食卓に上ってきた代表的な食べ物を紹介します。

【展示している料理レプリカ】

  • 栗ご飯
  • 干し柿
  • ゆずの砂糖漬け
  • いちじく煮
  • 菊の酢のもの
展示「屋敷林と私たちの食卓」
展示「屋敷林と私たちの食卓」
展示「屋敷林と私たちの食卓」
展示「屋敷林と私たちの食卓」

生き物の展示

 南相馬市太田川水系のドジョウやメダカ、巻貝などを水槽で展示しています。

ドジョウの水槽
水草がたくさん入っている水槽

相馬地方の焼き物

 相馬地方(ここでは旧奥州中村藩領を指す。相馬市以南、大熊町以北)には江戸時代前期から続いてきた焼き物があります。代表的な窯は相馬駒焼(相馬市)と大堀相馬焼(おもに浪江町)です。

 相馬駒焼は、江戸時代には奥州中村城下(現相馬市)で焼かれた奥州中村藩の藩窯(()(とめ)(やき))でした。製品は茶道具を中心に、幕府や朝廷への献上用や他藩主への贈答用として製作されました。明治時代以降は、日用品や芸術作品にも製作の幅を広げながら、東日本を代表する焼き物として継承されてきました。しかし、平成24年(2012)に当主が他界し窯の火が途絶えました。

 大堀相馬焼は、相馬駒焼から製陶技術を習得したともいわれ、現在の浪江町大堀地区を中心に開窯した民窯で、日常雑器を生産しました。江戸時代は藩の奨励や統制を受け他藩にも販路を拡大し、幕末以降は海外にも製品を輸出しました。平成23年(2011)の東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所事故のため、20軒以上あった窯元は現地での操業ができなくなり、全国に避難したり廃業せざるを得なくなりました。

 当館では開館以来、相馬地方の歴史と文化を伝承する観点から、相馬駒焼と大堀相馬焼の焼き物を中心に、製品や作品の収集、購入、寄託の受け入れを行ってきました。

 今回は、相馬駒焼、大堀相馬焼の中から各2点を展示しました。この機会に相馬地方の焼き物をご鑑賞ください。

博物館エントランスショーケースの相馬地方の焼き物の展示

右上:相馬駒焼 野馬追人形 昭和前期 十四代 ()(しろ)(せい)()右衛()(もん) (ため)(きよ)

右下:相馬駒焼 (こま)()(よう)(こく)()(びん) 昭和後期 十四代 田代清治右衛門 為清作

左上:大堀相馬焼 (かい)(ゆう)(こま)()(とっ)(くり) 明治後期

左下:大堀相馬焼 (つつ)()(こま)()(とっ)(くり) 明治前期

相馬駒焼 野馬追人形

相馬駒焼 野馬追人形

相馬駒焼 駒図陽刻花瓶

相馬駒焼 駒図陽刻花瓶

大堀相馬焼 灰釉駒図徳利

大堀相馬焼 灰釉駒図徳利

大堀相馬焼 筒書き駒絵徳利

大堀相馬焼 筒書き駒図徳利

この記事に関するお問い合わせ先

教育委員会 文化財課 博物館


〒975-0051
福島県南相馬市原町区牛来字出口194


電話:0244-23-6421
ファクス:0244-24-6933
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